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東京工業大学の細野教授が開発したアンモニア合成技術を使用することにより、アンモニアをフレキシブルな条件で供給できる社会を実現します

誕生背景

アンモニア製造のきっかけはEssential For Life (国立大学法人東京工業大学 栄誉教授 細野 秀雄)

 

 「その技術はあったら面白いと思うものの、不可欠でしょうか?」 

ちょうど私たちが開発した透明半導体IGZO薄膜トランジスタのディスプレイへの実用化が見えてきた時、ある雑誌から解説の依頼を受けました。そのとき、共同研究者の一人から素朴な質問をもらいました。「透明なディスプレイって何の役にたつのですか?」その素朴な質問で、ハッとしました。透明で高性能のIGZO半導体はBetter Lifeには貢献するが、Essential For Lifeではないのではないかと感じました。日頃、研究する中で考えていた“研究者として世の中に本質的な貢献をしたい”ということを再認識させられたことが転機になりました。 

すべての人に必要な衣食住で考えた時、私は「食」に着目しました。食に関する研究で辿り着いたのが“アンモニア”でした。アンモニアは、食品や医薬品、肥料などの原料として幅広く使われています。そのアンモニアを生成する合成方法は、1913年にドイツで工業化されたハーバー・ボッシュ法(以下、HB法)で、現在も使われています。製造方法が100年以上変わっていないのです。当時は、研究報告はほとんどなく、インターネットや合成触媒の関係者などに確認したところ、研究者があまりいないことがわかりました。HB法では、窒素を反応させるために高温・高圧条件が必要で、そのため大型プラントで大量生産になります。これを低温・低圧でも反応させられれば、設備が小型化でき、必要な場所で必要な量を製造出来るようになります。それを目指し、私たちの研究はスタートしました。 

 

止まっている時と走っている時の景色は違う  ~エレクトライド触媒までの道のり~ 

HB法に使用される触媒の動作原理に、電子供与が重要であることは古くから示唆されていました。この示唆が本当ならば、アルカリ金属に匹敵する低い仕事関数(高い電子供与能)と熱的・化学的安定性という通常は相反する性質を併せもつ、私たちのエレクトライドが適用できるのではないか考えました。以前、他で共同研究を行っていた中で、触媒としてエレクトライドの母物質の適用を試みたところ、表面がバルクと異なっており、ほどほどの効果しか得られませんでした。当然ですが、触媒反応では表面がキーであることを再認識しました。そこで、エレクトライドの場合は、博士課程にいた戸田善丈氏が、単結晶を作製し超高真空下で破断して、原子分解能の走査トンネル顕微鏡で3年間にわたり徹底的に調べ、その知見を蓄積していきました。これらの背景と知見の蓄積があったため、エレクトライドをアンモニア合成触媒に適用できる確信をもっていました。 

エレクトライド触媒の研究を始めるにあたり、当初FIRST(内閣府最先端研究開発支援プログラム)の中で行いたいと考えていました。しかし、FIRSTで採択されたテーマは、2008年に発見し大騒ぎになっていた鉄ニクタイドを軸にした新超電導物質の研究に関するもののため、政権が変わり予算が縮減された際に、推進委員会からアンモニア合成触媒は関係ないのでカットしたほうがよいとの指摘を受けました。しかし、そんな大きな金額は必要としないので、敢えて無視して研究を始めました。「成果が出れば問題ないはず」と腹をくくったのです。研究を始めるにあたり、同僚で触媒化学の専門家である原亨和教授と北野政明准教授(当時は特任助教)に当方の狙いを説明し協力を求めました。幸い、快く賛同頂き、共同研究が始まりました。 

原教授と北野准教授と共同で研究を続けていくものの、約半年間は全く思うような結果が得られませんでした。触媒の調製プロセスは、ウェットプロセスが一般的ですが、エレクトライドはウェットプロセスではうまくいきませんでした。ドライプロセスに変更したり、エレクトライド本来の表面を出すために工程や金属の担持方法を改善したりするなど、試行錯誤を繰り返しました。その際にエレクトライドの表面をはじめ、基礎研究をしっかり行ってきたことが随所で生きました。その後、無事にエレクトライド触媒で活性が高い結果を得ることが出来たのです。 

研究結果をNature Chemistryに投稿したのですが、そこまで低温と言えない、材料も方法も新しくない(これは完全な誤解)、と却下されてしまったのです。ゴールが見えたと思っていましたが、認めてもらえなかったため、再び実験を行いました。実験する中で、これまでの触媒では障害になっていた水素被毒が生じないという特性があることを北野准教授が見出しました。そして、その原因も明らかになりました。また、エレクトライドについての説明が不十分でしたので、論文を大幅に改定しました。そして、再度Nature Chemistryに投稿したところ、すんなりと新規性が認められ、2012年10月に掲載されました。掲載号には”Teaching an old material new tricks”という専門家による解説があわせて載っており、古い物質(セメント鉱物)に新たな工夫で新触媒を創ったと紹介されていました。また、FIRSTプログラムの評価では、最も優れた成果の一つとして高く評価されました。 

実は私自身は審査員のこの手の誤解には免疫があります。この場合はエレクトライドという物質のコンセプトになじみが薄いために生じたものです。現在では有機EL-TVや高解像の液晶ディスプレイの画面のピクセルの駆動に使われているIGZOトランジスタも、研究の初期にはすんなりとは認めてもらえませんでした。口幅ったい言い方をすれば、延長戦上にない研究成果には最初にしばしば生じることです。 

この研究を通じて、止まっている時と走っている時の景色は違うことを実感しました。当初の計画通りにはいかないものの、やってみてわかること、やっていくうちに新たな道が開けていくことを経験しました。当初の計画は、スタートするための計画であって、その後はやっていく過程に生じる結果に応じて、臨機応変に対応してことが大事だと思います。 

 

スタートラインに立ったつばめBHB 

つばめBHBは、東京工業大学で初めて学内に企業の研究場所を設立したケースになりました。大学側も思い入れを持って、全面的に支援してくれています。つばめBHBで事業を推進している井上泰徳と岸田和久の両博士は、うちのFIRSTプロジェクトの元ポスドクです。つまり、彼らは自分たちが直接研究に携わって生まれた成果を、その技術を工業化する目的で設立したベンチャ―企業に在籍して全力で頑張っています。彼らの活躍が、ポスドクのキャリアパスのモデルケースとなり、日本でこのような事例が増えるきっかけになることを願っています。 

先日、パイロットプラントが竣工しました。量産に向けて一歩を大きく踏み出しました。しかし、つばめBHBはここからが本格的スタートです。パイロットプラントを稼働させて量産することで多くの課題が出てくることが想定されます。でも、それをつばめBHBの社員一丸で乗り越え、まずは世の中に見える形にして欲しいものです。もちろん、大学の私の研究室も相補的にしっかり連携して、さらなる高みを目指します。そして将来的にはODA(政府開発援助)などを通じて、アンモニアを必要としている途上国などでも製造出来ることを期待しています。自分の研究結果がEssential For Lifeになれば研究者として本望です。